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    1: 蚯蚓φ ★@無断転載は禁止 2017/08/01(火) 22:02:23.98 ID:CAP_USER
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    ▲東京韓国学校3・1記念日記念マラソン

    在外国民の子供の教育のための正規学校「韓国学校」は全世界15カ国32校があるが、教育環境は劣悪な方だ。

    聯合ニュースは中国の北京・青島、日本の大阪・東京の韓国学校現場を見てまわり、望ましい発展方向を模索する企画記事を用意した。

    日本の東京韓国学校は毎年3・1記念日に日王が居住する東京の皇居を中高生全員が一周するマラソンを開いている。

    カン・ソンチョル記者

    ソース:中都日報(韓国語) 東京韓国学校3・1記念日記念マラソン
    http://www.joongdo.co.kr/jsp/article/article_view.jsp?pq=201708011701

    引用元: ・【国内】 東京の韓国学校、毎年3・1記念日に日王の居住する皇居一周マラソン[08/01] [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★@無断転載は禁止 2017/07/28(金) 16:42:32.50 ID:CAP_USER
    韓国の原発、鉄板のさびに続きコンクリ壁のあちこちに穴見つかる=「手抜き工事?」「日本でも原発の安全神話は1回の津波で消えた」―韓国ネット

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    26日、韓国・聯合ニュースによると、韓国の原発建屋のコンクリートに、多数の穴が開いている事が明らかになった。この報道に、韓国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられている。資料写真。(Record China)


    2017年7月26日、韓国・聯合ニュースによると、韓国の原子力発電所の建屋のコンクリートに、多数の穴が開いていることが明らかになった。

    韓国南西部、全羅南道(チョルラナムド)霊光(ヨングァン)郡にあるハンビッ原発4号機の建屋上部の円形ドームと下部境界部分から、横14センチ、縦20センチの大きさのコンクリートサンプル58個を採取して調査した結果、57カ所の隙間が見つかった。

    同原発では今年5月、4号機格納建屋の上部円形ドーム部分と、下部境界部分の高さ68メートル地点で鉄板が腐食しているのが見つかり、腐食原因の調査が行われていた。

    今回の調査結果を受け、原発はコンクリートに開いた隙間が鉄板の腐食に影響を及ぼした可能性があるとみて、さらに詳しい正確な原因を調べている。

    原発の格納建屋は、放射能が外部に漏れるのを防ぐため、厚さ1.2メートルのコンクリート外壁と鉄板で覆われている。今回見つかったコンクリート壁の隙間は、1~12センチ程度だった。

    ハンビッ原発の関係者は「原因の点検後、安全性が確認されれば再稼働する計画」と述べている。

    この報道を受け、韓国のネットユーザーからは「もっとしっかり管理してくれ」「手抜き工事なのでは?」「原発は安全でクリーンって言ってたやつがいたが、本当か?」「いったい何を根拠に原発は安全ということになっているのやら」など、原発の安全性に対する不信の声が多く寄せられた。

    また、「日本みたいに原発事故が起きたりしないだろうな」「日本でも原発の安全神話は1回の津波で消えた」など、日本の原発事故に関連した意見も。

    さらに、「脱原発だ」「原発はなくすのが正しい」と、文在寅(ムン・ジェイン)政権が宣言した「脱原発」に同調するコメントも目立った。(翻訳・編集/三田)


    http://sp.recordchina.co.jp/newsinfo.php?id=185665&ph=0
    Record China 2017年7月27日 20時50分 

    引用元: ・【韓国の原発】鉄板のさびに続きコンクリ壁のあちこちに穴見つかる=「手抜き工事?」―韓国ネット[7/27] [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: ねこ名無し ★@無断転載は禁止 2017/08/03(木) 01:21:08.51 ID:CAP_USER
     朝鮮学校を高校授業料無償化の対象から除外したのは不当な差別に当たるかをめぐり、司法の判断が割れている。先月19日の広島地裁判決が学校側の請求を全面的に退けた一方、28日の大阪地裁判決は国の処分が裁量権の乱用に当たるなどとして学校側勝訴の判決を言い渡した。

     筆者は、朝鮮学校に対する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)や北朝鮮本国の影響力を認定した広島地裁判決の方が、常識的で妥当だと思うが、そこを論じるのは別の機会とする。

     ただ現在、韓国で戦時中の朝鮮人徴用工問題が無報酬の強制連行・強制労働であるかのようにねじ曲げられ、反日映画が制作・公開されるなど再燃していることもある。そこで、在日韓国・朝鮮人たちがどうして多数、日本にいるのかを改めて考えてみたい。

     断っておくが、いわゆる「在日」の人々をいたずらに排斥したり、差別意識をあおったりするつもりは毛頭ない。だが、彼らを強制連行被害者の子孫だとみる勘違いや誤解、つまり「強制連行神話」がいまだに根強いと感じている。

     実際はどうなのか。今年5月19日付の当欄でも指摘したように、昭和34年の政府調査(外務省発表)によると、当時約61万人いた在日朝鮮人のうち、徴用労務者として日本に来た者は245人にすぎない。

     裏を返せば、ほとんどすべての在日韓国・朝鮮人は自らの意思や家族に連れられるなどして日本に渡った人々の子孫だということである。

     30年6月18日の衆院法務委員会では、韓国からの無登録の入国者と、その犯罪行為が議論されている。その中で、小泉純一郎元首相の父である小泉純也法務政務次官は、こうはっきりと答弁している。

     「60万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。一方向こうからは、入れれば手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、怒濤(どとう)のごとくどんどん入ってくる」

     「それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない。その取り扱いについても、極めて懇切丁寧にしなければ、人権蹂躙(じゅうりん)というような問題まで起きてくる。日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないのかというところまで、考え方によっては行く」

     これに対し、椎名隆委員(自民党)もこう質問で訴えている。

     「連中は、日本に行きさえすれば生活ができるというところから、どんどん入ってくるのじゃないか」

     繰り返すが、日本に定住して代を重ね、日本に生活の基盤を置いて日本文化・風土に慣れ親しんでいる人たちに対し、今さら帰国しろだとか遠慮しろだとか言う気はさらさらない。

     ただ、彼らに不必要な贖罪(しょくざい)意識を持ったり、無意味な同情心を抱いたりするのは筋道が違うし、韓国や北朝鮮の対日誤解・曲解を深めるばかりだと考える。

     20年前の平成9年にインタビューした直木賞作家で在日韓国人2世の故つかこうへい氏は、取材の最後にあっけらかんとこう話して笑っていた。

     「うちのおやじなんかも日本に強制的に連れてこられたようなことを言っていたが、なに食いつめて渡ってきたんだと思うよ」

     事実関係を互いにちゃんと踏まえた上で、感情的にならず対等に、本当のことを言い合える共生関係をこそ築きたい。(論説委員兼政治部編集委員) 

    http://www.sankei.com/premium/news/170803/prm1708030006-n1.html
    http://www.sankei.com/premium/news/170803/prm1708030006-n2.html
    http://www.sankei.com/premium/news/170803/prm1708030006-n3.html

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    朝鮮学校の無償化を求めた裁判の判決で、勝訴を喜ぶ朝鮮学校の生徒ら=7月28日午前、大阪地裁(前川純一郎撮影)

    引用元: ・【産経新聞】在日強制連行の「神話」を捨てよう 本当のことを言い合える共生関係こそ築きたい[8/03] [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: ねこ名無し ★@無断転載は禁止 2017/08/03(木) 05:23:23.80 ID:CAP_USER
    近年、中国残留孤児1世が亡くなった後、残された2世家族が都営住宅から退去を迫られるケースが相次いでいる――。

    戦前・戦中、国策に従って旧満州(中国東北部)に移住するも、戦後、親や親族と離ればなれとなり、中国に取り残されてしまった残留孤児。1981年3月より始まった集団訪日調査によって、彼ら・彼女らの一部が祖国日本に帰ってくるも、日本語が不自由なためにまともな職を得られず、衣・食・住に難儀する人も多かった。

    そんななか、国と自治体は連携して、公営住宅を優先的に提供するなどして、残留孤児の居住の安定を図ってきた。

    ところがここ数年、永住帰国した残留孤児1世が亡くなると、残された2世家族が退去を迫られるケースが相次いでいる。一体、何が起こっているのか。『中国残留孤児 70年の孤独』の著者・平井美帆氏の特別レポート。

    きっかけは母の死だった

    「都営住宅からの退去に関する説明書」「明渡通知書」「催促状」――。

    母と娘は無機質な文書を手に、困惑した表情を浮かべていた。東京都西部の都営住宅に、中国人の夫と暮らす張さん(57)、少し前までここで同居していた娘の玲さん(31)である。約2年半前から張さん夫妻のもとには、住居の立退きを求める通知が届き、月に何度も行政担当者が訪れるようになった。

    きっかけは張さんの母の死だった。2014年12月、団地前の横断歩道を渡っていた張さんの母・キクさんは、横から走ってきたバイクに轢かれ、そのまま一度も目を覚ますことなく、クリスマスの日に81歳の生涯を閉じた。

    キクさんは「中国残留孤児」という運命を背負った女性だった。戦前の国策に従い、満州開拓移民として、青森から旧満州(中国東北部)に一家で移住した。だが、父親は日本の敗戦直前に現地で徴兵されてしまい、ソ連軍が北東から侵攻してきた混乱の大地で母親とも離ればなれになる。

    当時まだ幼かったキクさんは、中国人養父母に育てられた。長い長い月日を経て、彼女の身元が判明したのは、2004年11月の訪日対面調査でのことだ。キクさんには中国人の夫がいたが、このときすでに他界していて、5人の子どもはそれぞれ家庭を築いていた。

    次第に祖国に永住したい気持ちが募ったキクさんは2010年、娘の張さん一家とともに日本にやってきた。永住帰国した中国残留孤児は、最初の半年間、中国帰国者定着促進センター(2016年3月閉所)で暮らした後、本人の希望と各都道府県の受け入れ状況を調整して、居住地が決められる。

    そして、居住地の自治体から公営住宅の一室をあてがわれるのが一般的だ。

    キクさんと張さん一家は東京で暮らすことを希望し、都営住宅に入居したが、名義人は残留孤児のキクさんだった。東京都が全額出資し、都営住宅を管理するJKK東京(東京都住宅供給公社)は、原則として、名義人が亡くなった後、同居していた子ども世帯に使用の承継を認めていない。

    そのため、最愛の母が事故死したショックから立ち直る間もなく、一家は立ち退きを迫られた。

    張さんは一連の経緯について納得のいかない顔で話しだした。母親の中国語を、一人娘の玲さんが少しぎこちない日本語に訳していく。

    「日本に来て、家族4人で住むところをもらった。母親の面倒をみるのに、ここをもらえた」
    「もらった?」
    「ああ、貸してもらった」

    思わず訊きかえすと、玲さんはすぐに言いなおした。言葉の綾や文化の違いもあるが、張さんたちは、募集倍率が非常に高いことなど、都営住宅をとりまく厳しい状況をあまり知らないようだった。

    続きはリンク先で
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52400

    著者プロフィール
    平井 美帆
    1971年、大阪府吹田市生まれ。大阪府立千里高校を卒業すると同時に単身渡米し、1993年南カリフォルニア大学舞台芸術学部卒業。一時東京で演劇活動に携わるも、1997年に再びロサンゼルスへ。この頃から現地の日本語情報誌に執筆するかたわら、日本の雑誌に海外ルポを寄稿する。
    2001年1月にニューヨークへ移動し、日米を拠点にノンフィクション作家として活動する。2002年7月、拠点を東京に移す。

    引用元: ・【現代ビジネス】「強制退去」を命じられる、中国残留孤児2世らの悲鳴 母の死を嘆き、自分の血を売り[8/03] [無断転載禁止]©2ch.net

    【【日本にすむには日本の掟を守れ】「強制退去」を命じられる、中国残留孤児2世らの悲鳴】の続きを読む

    1: ねこ名無し ★@無断転載は禁止 2017/08/07(月) 15:58:52.28 ID:CAP_USER
     先の大戦中に日本軍の軍属として東南アジアで捕虜監視員となりBC級戦犯とされた後、日本で死亡した朝鮮人男性、李永吉(イヨンギル)さんの遺骨が今秋、朝鮮半島に戻ることになった。六日、東京都東村山市の国平寺(こくへいじ)で奉還供養が営まれた。

     李さんは服役中に心の病を患い、療養所で終生暮らした。知人らは「彼の中で戦争は死ぬまで続いた。故郷の妻子とも別れたきり。不条理を超えた酷な人生だった」と悼んだ。 (辻渕智之、写真も)

     李さんは現在の韓国に近い北朝鮮の出身で、遺骨は国平寺が預かっていた。七十五年ぶりとなる「帰郷」は韓国の団体が協力し、南北軍事境界線に近い韓国側の墓地に安置される。

     供養に参列した在日韓国、朝鮮人の元BC級戦犯らでつくる「同進会」の李鶴来(イハンネ)会長(92)=板橋区=によると、李永吉さんは一九四二年、植民地下の朝鮮からスマトラ島に送られた。

     軍命令の下、捕虜収容所で監視に当たったが、戦後に現地で連合軍に捕まり、捕虜虐待の罪に問われて懲役十年の判決を受けた。

     ジャカルタの刑務所で服役しているとき、統合失調症を発症した。五〇年に東京の巣鴨プリズンへ移され、翌年には千葉県にある国立の療養所に入った。そこで四十年を過ごし、九一年夏に七十八歳で亡くなった。

     同進会は韓国で新聞広告を出すなど肉親捜しを続けてきたが、故郷に残した妻子の消息は今もつかめない。一方で李永吉さんの死は、李鶴来さんらにとって、「日本政府に、在日韓国、朝鮮人の元BC級戦犯らへの謝罪と補償を求めて九一年秋に提訴する決断を促した」という。

     李永吉さんは療養所で夏に花火の音が聞こえるたび「艦砲射撃だ」とおびえた。「戦争が頭にこびりつき、終わったとの自覚が最期までなかった。日本のために尽くし、戦犯とされたショックで発症したと思う」。

     遺骨を胸にし、李鶴来さんは「生まれた国に帰れるだけでも、ほっとしています」と感無量の表情をみせた。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017080702000234.html

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    奉還供養を終え、李永吉さんの遺骨を抱く李鶴来さん=6日、東京都東村山市の国平寺で

    引用元: ・【東京】軍属の朝鮮人 「戦犯」の苦しみ 遺骨75年ぶり「帰郷」[8/07] [無断転載禁止]©2ch.net

    【【加害者なのに被害者ヅラ 】軍属の朝鮮人 「戦犯」の苦しみ 遺骨75年ぶり「帰郷」】の続きを読む

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