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    カテゴリ: 反日

    1: ねこ名無し ★ 2017/10/09(月) 05:35:11.71 ID:CAP_USER
    日韓関係をぎくしゃくさせている原因のひとつとしてあげられることの多い、日本による「朝鮮統治」。今回の無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』では、朝鮮総督府で官吏をされていた西川清氏の著書『朝鮮総督府官吏、最後の証言』の内容を引きながら、朝鮮統治時代の日本人と朝鮮の人々との関係性について、メルマガ著者の伊勢雅臣さんが分析・解説しています。

    朝鮮総督府の「一視同仁」チームワーク

    朝鮮総督府で官吏をされていた人が、当時の体験を語った貴重な本がある。本年7月、102歳で亡くなられた西川清氏の『朝鮮総督府官吏、最後の証言』だ。表紙の帯には「おそらく総督府の実態を語れるのは私が最後だと思います」との発言がある。

    この本の裏表紙にある写真が、西川さんの証言のすべてを物語っている。そこでは4人の若い男性が桜の木の下で、肩を組んでいる。キャプションには「1934年 官吏仲間と楽しく花見する西川氏」とある。

    一人は着物を着ているので日本人と分かるが、他の3人は洋服だ。そのうちの一人が西川さんで「大和系日本人」、残る2人の青年には「朝鮮系日本人」と注意書きされている。

    仲良く肩を組んでいるので、そのような注意書きがなければ、誰が日本人で誰が朝鮮人だか全くわからない。西川さんの朝鮮総督府での業務体験を読んでいくと、日本人と朝鮮人が一体となったチームワークで仕事をしていたことがよく窺われる。

    町の周囲の山が禿山だった

    西川さんは昭和8(1933)年18歳で和歌山県の熊野林業学校を卒業し、校長の斡旋で朝鮮総督府に就職した。朝鮮といっても、当時は内地(国内)、外地(朝鮮、台湾)とも同じ日本だったので、日本国内の遠い地方に行くという感覚だった。任地は江原道(こうげんどう)。「道」は日本で言えば「県」にあたり、江原道は朝鮮半島の東海岸、南北ではちょうど中程にあった。

    朝鮮に行ってまず驚いた事は、釜山(プサン)や京城(ケイジョウ、現ソウル)など町の周囲の山が禿山だったことです。
    …朝鮮にはオンドルという薪(まき)を焚いて床を暖める設備がどこの家にもありました。朝鮮は非常に寒くなりますから、このオンドルには大量の薪が必要です。しかし、朝鮮には植林をするという技術もなく、指導者もいなかったので、街に近い山々にはほとんど樹木がなくなっていました。
    (『朝鮮総督府官吏 最後の証言』桜の花出版編集部/星雲社)

    西川さんの最初の仕事は、この禿山に植林をすることだった。まず土が流れないよう、70~80センチの段々を作り、そこに木を植える。植林は土砂崩れや洪水防止のために急務であった。また海の近くに植林することで、漁場に栄養が行き渡る。西川さんは日本の林業学校で「樹のない国は滅ぶ」と教えられていた。

    朝鮮総督府は1911年からの30年間で、5億9,000万本もの植林を行った。朝鮮全人口の一人あたり約25本という膨大な数である。西川さんはその一翼を担ったのである。

    日本人官吏と朝鮮人官吏の給与も出世も平等だった

    昭和11(1936)年に朝鮮総督府は地方官吏養成所を設け、西川さんはその第1期生として京城で1年間学んだ。江原道からは5人が送られたが、そのうちの2人は朝鮮人だった。養成所の第1期から朝鮮人も選ばれて、幹部候補生として育てられたのである。幹部ともなれば、日本人の上司となることも、ごく普通であった。

    昭和18(1943)年、西川さんは江原道の21の郡の一つ、寧越郡の内務課長に昇進した。寧越郡は7つほどの村を管轄しており、全体で60名ほどの職員がいた。どこの郡でも郡守はほとんど朝鮮人で、寧越郡も例外ではなかった。西川さんは朝鮮人郡守の下で内務課長を務めたわけである。

    給与も出世についても、日本人も朝鮮人も全く差別はなかった。ただ内地から来た日本人には外地手当が支給された。したがって内地に働く日本人官吏と、朝鮮で働く朝鮮人官吏は同じ給与だったようだ。これは現在の多くの日本企業の海外法人よりも公平である。

    その後、西川さんは道庁に移って課長補佐になったが、そこでも朝鮮人の方がずっと日本人よりも多く、また道庁の部長もほとんど朝鮮人であった。

    http://news.livedoor.com/article/detail/13700505/

    >>2以降に続く)

    引用元: ・【歴史】「従軍慰安婦」の強制連行も、差別もなかった 最後の証人が語る、日本の朝鮮統治の「真実」[10/09]

    【【朝鮮人は裏切り者 】「従軍慰安婦」の強制連行も、差別もなかった 最後の証人が語る、日本の朝鮮統治の「真実」】の続きを読む

    1: ろこもこ ★ 2017/10/08(日) 08:39:59.95 ID:CAP_USER
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171008-00053123-gendaibiz-kr

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    核やミサイル開発で、毎日のようにニュースを騒がせている、北朝鮮。しかし、その脅威はまだ、どこか遠くにあるものだと感じていないだろうか。だが、すでに北朝鮮の脅威は、あなたの隣に迫っているかもしれない……。日本にも数多く潜伏しているとされる北朝鮮の工作員たち。彼らはいったい何者で、どんな生活を送っているのか。元工作員たちへのインタビューを重ねてきた報道記者・作家の竹内明氏が、自らの目で見、直接話を聞いた、彼らの実像を語ります。
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     北朝鮮の脅威が、あらぬ方向で議論されている。ある閣僚が講演で、「難民射殺発言」をしたのには驚いた。北朝鮮有事が発生した場合、日本に逃げてくる難民の中に「武装難民」がいたらどうするのか、と指摘した上で、「射殺」という物騒な言葉を使ったのだ。

     しかし、その言葉の強さとは裏腹に、この発言は日本の平和ボケと防諜意識の欠如を露呈している。もっと身近な脅威があることに、政府はあえて目を瞑っているのだ。

     「北の工作員はすでに日本にいるのは間違いない。我々が全容をつかめていないだけだ。いま我々がやらなきゃいけないのは、最大限の人員を投入して市民を装って潜伏している工作員を洗い出すことだ」(警視庁公安部捜査員)

     「日本は簡単に入国できる天国です。『タバコを買いに行ってくる』と言って出かける工作員もいるほどだった」(元北朝鮮工作員)

     すでに日本国内に浸透した北朝鮮工作員は、多数存在していると考えられる。

     昨今「核ミサイル」「武装難民」などという単語ばかりが強調され、日本国民の恐怖心が煽られているが、工作員たちが闇夜に乗じて日本を出入りしているという不都合な真実からは、相変わらず目が背けられたままだ。

     本稿では、私が実際に出会って取材した、元北朝鮮工作員たちの証言を伝えることで、彼らの実像に少しでも迫っていきたいと思う。

    中略

    日本は身元ロンダリングの地

     李はかつて日本にも潜伏し、極めて大胆な手法でその足場を築いていた。

     1974年に、工作船で日本に密入国、「申順女」(シン・スンニョ)を名乗った。実在した申順女は在日朝鮮人で、1960年に帰国事業で北朝鮮に永住帰国したまま消息がわかっていない人物だ。女工作員・李はその身分を乗っ取ったのだ。

     実は、李は北朝鮮で、本物の申順女から親類縁者に関する情報を聞き出し、順女にはまだ一度も会ったことのない、異母弟がいることを知ったのだという。

     そして李は、兵庫県高砂市にいた、その異母弟に接近し、「私はあなたの姉だ」と騙して同居を始めた。東京・荒川区に住む在日の親戚を保証人にして、特別在留許可も得ていた。

     その後、李は在日朝鮮人・申順女の名前と身分をかたったまま、異母弟とともに韓国訪問団に混じってソウルを合法的に訪問する。ソウルでは、高齢で視力の衰えた順女の実姉を訪ね、姉の名義でソウル市内に家を買うことに成功した。

     女工作員は、こうしてまんまと工作拠点を手に入れ、1980年頃から「南韓朝鮮労働党中部地域党」という地下工作指導部を構築した。

     日本は、李善実にクリーンな身分を与える、偽装工作の場所として利用されたのである。

    以下ソース

    引用元: ・【国内】ミサイルより恐ろしい…北朝鮮「浸透工作員」とは何者なのか 日本は身元ロンダリングの地[10/08]

    【【民団にも総連にもそういう輩が多数潜伏】在日の身分を乗っ取って特別在留許可を得る北朝鮮「浸透工作員」】の続きを読む

    1: ねこ名無し ★ 2017/10/03(火) 03:03:33.30 ID:CAP_USER
    「一団の日本人戦争捕虜たちは強制的に慰安所で働かせた不遇の中国人少女たちを伴っていた」

    ロンドンの英帝国戦争博物館資料室にこんなキャプション=写真(1)=がついた日本軍兵士の写真=写真(2)=があった。ビルマ(現ミャンマー)ラングーンの収容所で45年8月8日、英軍兵士が撮影した英国の公式写真だ。慰安婦とおぼしき女性は写っていない。不思議なことに慰安婦の記述に横線が引かれ、「消去」した形跡があった。そのほか同じ収容所で撮影された日本人兵士の写真すべてに同様の「強制的に中国人少女を慰安婦に」との記述があり、横線で消されている。

    同博物館は中国、韓国など8カ国14団体と国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(記憶遺産)登録に慰安婦資料30点を共同申請している。この日本兵士の写真と同じ捕虜収容者で同じ日に連合軍兵士が少女を尋問する様子だとする=写真(3)=を「慰安婦資料」として申請している。

    なぜ英軍兵士は日本軍捕虜の写真説明に、「中国人少女を慰安婦に」と書いたのだろうか。

    行間を読み解くと、撮影されたのは終戦直前の8月8日。ビルマ戦線で死闘を繰り広げた「仇敵」を憎悪する余り、「強制的に慰安婦」と誤解・曲解して加筆。ところが後日、事実と異なると判断して「訂正」したと解釈できる。

    英軍兵士の思い込みが現在、中国と韓国が世界で喧伝する「20万人強制連行」「性奴隷」などの誹謗中傷につながったとしたら、英軍兵士の犯した“罪”は小さくない。

    では、現在も元英兵士は、日本軍に悪意を抱いてるのだろうか-。

    「全くありません。慰安婦や性奴隷の話など一度も出たことはありません。むしろ勇敢に戦った日本人に敬意を持っています」

    陸軍中尉として英軍と戦火を交えた父親を持ち、日英の和解を目指す在英の民間団体「ビルマ作戦協会」の代表を務めるマクドナルド昭子さん(66)は断言する。反日最強硬派として知られる退役軍人団体「ビルマ・スター」に所属する元司令官、ビル・スマイリーさん(95)は5月、「インパール作戦」から73年の犠牲者追悼式典で、「瀕死の重症を負い、従軍できなくなった戦友をこれ以上苦しませないため撃った際、見ていた日本兵は黙って見逃した。これぞ『武士道』。私が生き長らえた理由はここにある」とのメッセージを寄せた。

    ×  ×  ×

    中国や韓国が世界で歴史問題をめぐる宣伝戦を展開している。米国を中心に世界各地で日本を糾弾する「慰安婦像」「少女像」が建設され、多くの議会で日本非難の決議が相次ぐ。

    英国では、「慰安婦像」や議会決議が表面化するには至っていないが、「慰安婦=日本軍の性奴隷」との誤解が静かに広がっている。

    英帝国戦争博物館が申請した30点の資料には慰安婦が強制連行されたことを客観的に示すものは存在しない。むしろ戦地で「公娼」だったとみられる公文書もあった。にもかかわらず韓国側からの共同申請依頼に「記憶遺産登録は光栄」と同意したのは、同博物館に「慰安婦=性奴隷」の認識が少なからずあったからだ。申請前に所蔵する「慰安婦」資料が「性奴隷」を証明するものか十分に検証した形跡はない。

    英国メディアでは「慰安婦=性奴隷」との誤解が広がっている。日韓両政府が2015年12月28日、慰安婦問題を最終かつ不可逆的に解決するため合意した際、大衆紙サンは「日本がついにおぞましい“慰安婦”制度を謝罪」として、13歳で北朝鮮の自宅から警察官に拉致されたという元慰安婦の証言を引用し、「性奴隷として、毎日40人を相手にしなければならず、5000人を超える日本兵との性行為を強要された」「抵抗すると殴られぼろ切れを口に突っ込まれた」と報じた。

    虚偽が明白になった吉田清治氏証言などに基づいて1996年2月に国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」からの引用だった。

    ×  ×  ×

    なぜ、「慰安婦=性奴隷」の誤解が続くのだろうか。

    93年8月、宮沢内閣の官房長官だった河野洋平氏が発表した「河野談話」で日本政府が強制連行を認めたとされているからだ。

    http://www.sankei.com/premium/news/170919/prm1709190002-n1.html

    >>2以降に続く)

    引用元: ・【国際】英国でも静かに広がる誤解 英戦争博物館資料が示す「慰安婦=性奴隷」の虚妄

    【【無いことをでっちあげる】英国でも静かに広がる誤解 英戦争博物館資料が示す「慰安婦=性奴隷」の虚妄 】の続きを読む

    1: ねこ名無し ★@無断転載は禁止 2017/09/29(金) 01:15:33.08 ID:CAP_USER
    水掛け論の根本に何があるか

    いわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」といった事象は、いまだに日韓、あるいは日中の間で歴史問題となっている。それぞれの出来事についての、基本的な事実すら共有できていないというのが現状である。「慰安婦」が存在したことや、南京で市民が殺された、といったところまでは互いに認めていても、人数その他で両国の主張は異なることが多い。

    わずか70年ほど前のことで、なぜこんなに認識が異なるのか。そもそも水掛け論はいつまで続くのか。人数云々以前に、こうした疑問を抱く人も少なからずいるのではないか。

    こうした「そもそも」の疑問について、有馬哲夫早大教授は、新著『こうして歴史問題は捏造される』で、歴史論議の「基本」を解説している。有馬氏は公文書研究の第一人者で、これまでに世界各国の公文書をもとに様々な新事実を発掘してきた。

    以下、同書より抜粋、引用しながら、なぜ「歴史問題」が終結しないのかの根本を見てみよう。

    ***

    大切なのは反証可能なこと

    歴史論争をするとき、なぜそれはただの言い合いや水掛け論になってしまうのでしょうか。とくに日本と韓国や中国が歴史問題を議論するときは、互いに根拠をあげて議論するのに結論には一向にたどりつけません。どこまでいっても平行線です。歴史的事実は一つなのですから、議論すればするほど、互いの認識は近くなるはずですが、そうはなりません。

    それは歴史(および人文科学)の論議は、反証可能でなければならないという原則を中国と韓国が無視するからです。実は彼らは反証可能な根拠に基づいて歴史論議をしていないのです。

    反証可能とはオーストリア出身でイギリスの大学で教鞭をとったカール・ポパーが提唱した概念です。彼の説明を使うと「白鳥はみな白い」というためには「黒い白鳥はいない」ということを証明しなければなりません。しかし、実際には黒い白鳥はいます。したがって「白鳥はみな白い」とはいえません。

    ところが、黒い白鳥は数が少ないので、見たことがない人は、自分の経験上「白鳥はみな白い」と思うでしょう。思う分にはかまわないのですが、その思い込みを他人に語って、誤った知識を与えると問題です。そうならないよう、白鳥の色について自説を語りたい人は、生息地を回って、反証がないか確認する必要があります。この場合の反証とは「黒い白鳥がいる」ということです。

    このように反証がないかどうかを検討することができることを、「反証可能性がある」といいます。そして言説や仮説には、反証可能性がなければならないというのが、歴史やその他の学問においては大前提です。

    ここで混同されないように断わっておくと、「反証可能性がある」ということと「反証がある」というのは別のことです。反証可能性を検討したうえで「反証はない」または「反証はないと現時点では考えておいてよい」となれば、その学説や仮説はその時点では「正しい」と認められることになります。ただし、あとで反証があがってくれば、「誤りだ」ということになります。

    また、反証があるかどうか、検討できないということは、正しいか、間違っているか判断できないということです。学問では、正しいかどうか判断できないことは、正しいとはみなしません。何も証明できない、つまり、証明能力がないということになります。

    (略)

    こうした解説を聞いてなお、「いや、慰安婦は本人の証言がある」「南京事件も実行者の記録がある」といった主張をする人もいるだろう。いわゆる「第一次資料」があるのだ、という見方である。有馬氏は、歴史研究における反証可能な資料は第一次資料だ、としながらも、その取扱いには注意が必要だ、と指摘している。

    「関係者本人の証言記録」や「本人の手記」といった、いわゆる「第一次資料」は「新発見!」といったセンセーショナルな謳い文句とともに紹介されることが多い。しかし、当然のことながら、「第一次資料」だからといってすべて信用していいわけではない。

    「私は従軍慰安婦を強制連行した」という「証言」「手記」が大嘘だったことはすでに明らかになっている。

    https://www.dailyshincho.jp/article/2017/09200610/?all=1

    >>2以降に続く)

    引用元: ・【歴史】従軍慰安婦、南京大虐殺…「歴史問題」はなぜ水掛け論になるのか[9/29] [無断転載禁止]©2ch.net

    【【日本のメディア関係者は耳を傾けるべき指摘】従軍慰安婦、南京大虐殺…「歴史問題」はなぜ水掛け論になるのか】の続きを読む

    1: ねこ名無し ★ 2017/10/04(水) 01:08:58.99 ID:CAP_USER
    「世界に誇るウリナラの最新チュチェ武器」

    「月刊セセデ」という雑誌がある。朝鮮青年社(東京都千代田区)が発行しており、在日本朝鮮青年同盟の機関誌と見なす関係者もいる。この雑誌が9月号で「みんなが気になるウリナラ事情」と題し、北朝鮮の核・ミサイル開発の大特集を組んでいる。その内容が、かなりギョッとさせられるのだ。

    ***

    ちなみに「セセデ」は「新世代」の意味という。誌面の大半はカラー。50ページほどの立派な雑誌だ。北朝鮮のプロパガンダ記事が大半だとはいえ、「青年」向けだけあって、スポーツやグルメといった話題にもページが割かれている。語学系の読物は別にすると、本文は全て日本語だ。

    ご存じの通り、「ウリナラ」の和訳は「我が国」となる。「気になる北朝鮮事情」という特集記事のリードは、こんな具合だ。

    《近年、共和国における国防力の発展は目覚ましい。しかし、何のために、何故、あのような軍事科学研究を重ねるのか。今、朝青員たちが最も気になっているウリナラ事情について「セセデ」がひも解く》

    「目覚ましい」という好意的な単語には引っかかるとはいえ、確かに何故、国際社会の顰蹙を買ってまでも核・ミサイル開発に邁進するのか、真実を教えてほしいとは思う。ページをめくると、「世界に誇るウリナラの最新チュチェ武器」との見出しが躍り、水素爆弾のイラストと、大陸間弾道ロケット・火星―14型の写真が、見開き2ページに大きく掲載されている。

    ミサイル発射については「コリアンタウンの在日朝鮮人も当惑と怒りと 『バカなことをする』 『技術力を上げていたら不気味』」(ネット版・産経WEST・16年9月9日)という記事もある。だが、「月刊セセデ」の特集は、そうした声とは真逆だ。とにかく祖国を徹底的に讃美し、批判性はゼロだ。

    ミサイル大特集の異様

    《「北朝鮮は怖い国」――。耳に慣れてしまったこのフレーズは、一体、誰の言葉だろう》
    《数十年に及んで米国に脅かされながらも自国を守り人民の自主性を実現すべく自強力と一心団結の力で屈強な国防力・軍事武器を生み出したのだ》
    《世界最強とうたわれる水爆を自国の知識・技術・力だけで開発・試験成功させた。共和国が世界6大水爆保有国として名を連ねたことを米国も認めている。最強の核抑止力を保持した共和国は、世界の力学的構図を完全に変えた》

    これがプロパガンダ記事と言えばそれまでだが、こんな特集を組むから「怖い国」と思われてしまうという逆説は、誰の心にも浮かぶだろう。

    他にも、「地対地中長距離弾道弾『北極星―2』型」や「精密操縦誘導ロケット」、「新型反航空迎撃武器」、「地対艦海上巡航ロケット」の写真が並べられ、「他国から共和国を守る 陸 空 海 鉄壁のディフェンダー」という見出しがつけられたページもある。カラー写真が意外に鮮明で、だからこそ不気味な印象を与える誌面となっている。

    興味深いのは「今、知りたいウリナラ事情Q&A」とのページだ。普通の人間なら正論と思う質問に対して、北朝鮮らしい独善的な回答が行われるというものだ。

    《Q1・近年、共和国が軍事力を強化しているのはなぜ?》
    《A 米国の脅威から自国を守るためには軍事力の強化が必須》
    《Q2・自衛とは言っても核開発は度が過ぎているのでは?》
    《A 度が過ぎる脅威から解放されるにはやむを得ない選択》
    《Q3・国家予算の大部分を占める軍事費を生活に回すべきじゃ?》
    《A 国がなくなれば生活はおろか命すら守れない》
    《Q4・共和国は本当のところ、何をしようとしているのか?》
    《A 国がなければ自主性も守れないという教訓を実践している》

    追い詰められた北朝鮮

    「政治を全く知らぬ金正恩の戦略が硬直化し、行き詰っているという状況が、そのまま反映された誌面だと思います」

    そう分析するのは、朝鮮総連事情に詳しい、コリア国際研究所所長の朴斗鎮氏だ。

    https://www.dailyshincho.jp/article/2017/10030605/?all=1

    >>2以降に続く)

    引用元: ・【国内】日本人を狙う「北朝鮮プロパガンダ誌」 核・ミサイル開発“大讃美”特集の唖然[10/04]

    【【テロ等準備罪で家宅捜索しなきゃ 】在日朝鮮人が発行する「青年」向け雑誌の不気味な誌面「世界に誇るウリナラの最新チュチェ武器」】の続きを読む

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